またしてもご無沙汰になってしまいました。まあ、五輪期間中に更新する余裕はとてもないだろうとは思っていましたが…。
この間、いろいろありました。五輪を見て、いろんなことを感じたのもそうですが、実は近しい先輩が五輪直前に急逝してしまわれました(こちらをご参照ください【甘口辛口】8月11日)
平成元年に私が運動部に異動になったとき、当時運動部にいた中では最も年の近い先輩で、いろいろと怒られたり飯を食いに連れて行ってもらったりしたものです。
亡くなる、つい1カ月前まで机を並べて仕事をし、バカを言って笑い合っていたのに、本当に急なことでした。あまりに急すぎて現実感がなく、次の日にでもフラリと会社に来るんじゃないかというような感覚が続いていたんですが、葬儀で二度とまぶたを開くことがない顔を見たとき、ああ、もう本当にこれが最後なんだなと、脱力感のような感覚に襲われました。
合掌
それでも life must go on.です。死を悼む気持ちも日々の忙しさの中で、次第に心の底に沈んでいきます。特に今月は五輪があって通常の数倍の忙しさでしたから、なおのことでした。寂しいことですが。とはいえ、やはり喪失感は大きく、五輪という究極の生の躍動を見ながら、それでもときどき心の中で、ふと死について考えてしまうというアンビバレンツで不安定な心境でした。こんな感覚で五輪を見たのは初めてです。私も年をとったということでしょうか。
そのせいなのかどうなのか。今回の五輪で最も心を動かされたのは2つ。一つはボルトの、特に陸上男子100m決勝でした。五輪の男子100m決勝を流して優勝する人間がいるなどという、あり得ない出来事。しかもそれが圧倒的な世界新記録。信じられないものを見てしまったというか、人ならぬものを見てしまったというか、そんな感覚でした。よく新聞、特にスポーツ紙などでは「超人」というような表現を使いますが、ボルトについては文字通りの超人を見たという、畏怖に近い感情でした。
もう一つは、同じ陸上の男子400mリレー。トラック種目で男子初のメダル獲得です。
これは、ちょうど私が当番デスクの日でした。なわけでメダルを取った時用の1面本記を自分で書いて用意していたんですが、まさかニュース原稿で「人見絹枝」という名前を書く日が来ようとは。14版(最終版の一つ前の版)用には、さらに「村社講平」なんて名前も書いてたりして…。知識として知っているだけの五輪の歴史ですが、それが目の前によみがえってくるという感慨が、まずレースの前にありました。
レースは、時間が14版の締め切りギリギリだったので、ゴール直後は予定稿の手直しやら何やらで大騒ぎだったんですが、そんな中でもチラチラと目に入るテレビの映像で、彼らが抱き合って喜んでいるのを見て「ウルッ」とくるものがありました。やっぱり歴史というものがあるからこそのことなんでしょうねえ。
もちろん、他の競技でも喜び、悲しみ、悔しさ、さまざまを感じました。バレーでの米国男子の優勝には、ドラマ以上の現実のドラマのすごさを感じました。こんなドラマが生じたのは、北京でやったからこそ、ではありますが(もちろん皮肉です)。
星野ジャパンに関しては多くを書くつもりはありませんが、前回エントリでの危惧が、まんま現実になってしまいましたね。後で野球担当者に聞くと、やはり「本気で取りに行く」と(監督だけじゃなく選手もNPB関係者も)口をそろえていても、実際には何ら本気でも何でもなかったようで。「思いの強いものが勝つ」という宮本主将の言葉が、すべてを表していると思います。
あ、あとは開会式。ああいうのは私、どこの五輪でもあまり見る気にならないんですが、最後の最後、李寧氏がつり上げられたのを見て、「あ、これは壮大なるコミックショーなんだ」と理解しました(^^;)。閉会式はF1を見ていたのでほとんど見ていませんが、なんか韓国がイチャモンをつけているそうですねえ。まあ、好きにやってくれって感じです。(^^)


by 只木信昭
キマシタワー とうとうウチに…